義母の教え
自分の人生に少なからず恩義のある方が亡くなった。
65歳、日本人男性の平均寿命から見ればいささか若い、切ない死だ。
50年あまりを生きてきて3歳で自分の父親を見送って以来(もちろん顔も覚えてません)随分多くの人を見送ってきた。
知人の両親だったり、時には友だったり、かつて死はいつも畏敬に満ちて怖いものだった。そこに死した骸がある、そのこと自体が怖かった。
しかし、いつからか?おそらく義母の死からだと思うが、死というものへの恐怖が消えた。義母は多くを語らない人だったが、癌と闘い逝った。
その闘いと死へのプロセスに立ち会えたことで初めて死というものの意味が判ったからだろう。
義母の死まで、死はいつも突然、他人事としてそこにあった。それ故に、死というものへの不気味さだけが自分を捕らえた。
それを知ったのが30歳を過ぎてだった。それ以後も、多くの大切な人との別れを経験した。
だが、お陰でとても心豊かなお別れをさせていただけるようになったと感謝している。
昨晩も通夜で亡き恩人と、ひと時会話をさせて頂いてきた。
今日の午後には、一筋の煙となられる。そして、それが本当に最後の最後だ。
心置きなくお見送りしてきたいと思う。